カツ丼小僧氏の優雅な生活。 3

「俺は、この現実世界と頭の中で空想している世界は全てが繋がっていると

 思っているから、空想の中では、ひっきりなしにスケールの大きな、良い事ばかり

 考える事にしているんだ。」

 

「じゃぁカツ丼小僧さんの人生は、今までに辛い事や嫌な事は、まったく無かったんですか?」

 

「そうとも言えるし、そうとも言えない………、

 つまり、………現実には嫌な事はいっぱいあったさ………。

 いい歳の大人が何も働いていない訳だから、周りからは白い目で見られるし、バカにされるし、

 正直、非常に辛かった………。普通の人間だったら、絶対に耐えられない筈だ。

 

 でも、そういう時は、物事を別の角度から見て、自分に都合の良いように解釈するような

 癖をつけるようにして、その場を乗り切ってきたんだ。

 例えば、どんな職に就いている人だって、会社や職場の中で、必ず辛い事や嫌な事は

 いくらでもある、 俺みたいに何もしていないプータローからしてみれば、

 職に就いている、というだけで羨ましくもあるんだけど、

 実際、職に就いてみれば、死にたくなるくらい、辛い窮地に立たされる事もある筈だ。

 

 一人の人間の持つ、幸、不幸の総量が決まっている、と思う事にしたんだ。

 最低の、どん底の、どうしようもなく哀れな状態にいたから、

 自分の頭の中を、そのように切り替えるしか、もう、やりようがなかったのさ。」 

 

「でも、なんで、カツ丼小僧さんは、職に就こうとする努力をしなかったんです?

 どんな職業にだって、頑張れば、就く事が出来たと思うんですが………。」

 

「うん、俺は、若い内、と言うより、ガキの頃から、少年漫画が大好きでな………、

 石ノ森章太郎先生の「マンガ家入門」や、つのだじろう先生の「その他くん」、

 藤子不二雄先生の「まんが道」、などにも影響を受けて、もう、将来は、

 何がなんでも、漫画家になってやるんだという、意気込みに燃えていたんだ。

 

 その延長で、今の今まで生きてきているんで、それ以外の職に就くという事は、

 一分たりとも考えた事がないんだ。

 ただ、最近は、というより、もう30年くらい前から、あまり漫画は読まなくなってしまった、

 

 子供の頃は、あれ程好きで毎日むさぼるように読んでいたのに、

 今の漫画は、まったく自分の性に合わない、絵も案も軽すぎるし、深みがない………。

 それに、全ての漫画が無個性で、どの作品も皆、同じように見えるんだ。

 ただ、歳を取った、という単純な理由だけでは、どうしても割り切れない何かがあるんだ。

 

 昔の漫画は感動的だった……。

 山川惣治原作・川崎のぼる作画の西部劇漫画、「荒野の少年イサム」、

 手塚治虫の医者をモチーフにした、「ブラック・ジャック」、

 石ノ森章太郎の「佐武と市捕り物控」、「さんだらぼっち」のような時代物、

 つのだじろうの泣けるペーソス・ギャグ漫画、「泣くな ! 十円」

 藤子不二雄の異色怪奇漫画「魔太郎がくる ! !」……… 。」

 

そこまで言い終わると、彼は床にひれ伏し、慟哭して、暫くは、立ち上がれないままでいた………。

彼にとって、子供時代に見た漫画と言うのは、遥かなる、安らぎの地、桃源郷であったようだ………。

 

 

 

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